大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成10年(行ツ)173号 判決

ドイツ連邦共和国バーデンヴュルテンベルク州ベルクマークス-レイガー-シュトラーセ四

上告人

ユージェン ラップ

右訴訟代理人弁理士

角田嘉宏

高石郷

古川安航

岡憲吾

阪本英男

西谷俊男

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 伊佐山建志

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行ケ)第二三三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年一二月一六日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人角田嘉宏、同高石郷、同古川安航、同岡憲吾、同阪本英男、同西谷俊男の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣)

(平成10年(行ツ)第173号 上告人 ユージェン ラップ)

上告代理人角田嘉宏、同高石郷、同古川安航、同岡憲吾、同阪本英男、同西谷俊男の上告理由

1.原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違反があるから、破棄を免れないものである。

(1) 原判決は、「深絞り開口の底部を固定することは、引用例2及び引用例3に開示されているように本出願前の周知技術であるから、引用例1記載の発明の深絞り開口の構成に換えて、上記周知の深絞り開口の構成を採用して本願第1発明の構成とすることは、当業者ならば容易に想到し得たものと認められる。」と判示する(原判決第7頁第3行~第8行)。

しかしながら、本願第1発明は、各引用例に記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものではない。

〈1〉 本願第1発明は、重なり合う2枚の薄板を深絞りし、深絞り方向及びこれと直角な方向に圧縮し且つその拡張を制限し、第1の薄板の深絞り・圧縮された領域を第2の薄板の下方の外方即ち横方向に広げることにより、第1及び第2の薄板相互の確実な結合を達成すること、をその特徴とする。ここで、深絞りとは、例えば日刊工業新聞社発行の「金属材料技術用語辞典」を参照すれば、「板材のプレス成形加工の一種で、ポンチ及びダイスを用い、平板にポンチを押し込むことにより、材料をダイス穴へ流入させ、底付きの容器状の製品に加工する作業のこと」である。

本願第1発明では、この深絞り工程に引き続いて圧縮工程を行っている。この圧縮工程は、圧縮により金属材料に塑性流動を起こさせる工程であり、上記の深絞り工程とは区別されるべきものである。本願第1発明は、深絞り工程と圧縮工程とをワンパスで行い、圧縮工程によって2枚の薄板の堅固な結合を達成するものである。

〈2〉 米国特許第3、198、155号(以下「引用例2」という)に記載の加工方法は、例えばその図12及び図13に示される第1ステップと、例えば図14に示される第2ステップとからなる。

第1ステップは2枚の板を深絞りすることにより、両薄板に二重層中空リベットを形成するステップである。原判決第7頁第3行~第5行に記載の通り、深絞り開口はその底部が固定されてはいる。しかし、この第1ステップではリベット同士は入れ子式にはめ込まれているにすぎず、両薄板の結合は堅固ではない。なぜなら、引用例2の深絞りでは、本願第1発明のように薄板を深絞り方向及びこれと直角な方向に圧縮し且つその拡張を制限すること、すなわち塑性流動を伴う圧縮工程はなされていないからである。このことは、引用例2の「上部ダイ70は希望する二重層中空リベットの高さを上回る深さの空隙74を有し、また通気路75を含む」との記載からも明らかである(引用例2第4欄第59行から第61行)。

第2ステップは、第1ステップで形成された二重層中空リベットをダイ(上部ダイ80と下部ダイ82)で押しつぶし、この二重層中空リベットの上端外周部を外側に延展させ、この二重層中空リベット外形をアンダーカット状(逆傾斜状)とするものである。このアンダーカット状の二重層中空リベットにより、初めて両薄板の結合が確実なものとなる。この第2ステップは深絞りではなく、金属塑性加工学上の曲げ加工(bending)に相当するものである。しかも第2ステップに用いられるダイは開放型のダイであり、本願第1発明で用いられるダイとは全く異なるものである。

このように、引用例2に記載の発明は第2ステップである曲げ加工(bending)により2枚の薄板の確実な結合を達成するものである。第1ステップである深絞りは、二重層中空リベットを提供するための手段であり、薄板の確実な結合のための予備的ステップにすぎない。しかも、この予備的ステップでは、本願第1発明のような金属材料の塑性流動を伴う圧縮工程は行われていない。

〈3〉 米国特許第2、992、857号(以下「引用例3」という)に記載の加工方法は、例えばその図2に示される第1ステップと、例えば図3に示される第2ステップとからなる。

第1ステップは2枚の板を深絞りすることにより、両薄板にスタッドとソケットとを形成するステップである。原判決第7頁第3行~第5行に記載の通り、深絞り開口はその底部が固定されてはいる。しかし、この第1ステップではスタッドとソケットとは入れ子式にはめ込まれているにすぎず、両薄板の結合は堅固ではない。なぜなら、引用例3の深絞りでは、本願発明のように薄板を深絞り方向及びこれと直角な方向に圧縮し且つその拡張を制限すること、すなわち塑性流動を伴う圧縮工程はなされていないからである。このことは、引用例3の「パンチ18による成形ストロークの間、その低端から突出している型押し用ノーズ20は、フランジアッセンブリー12及び13を下向きに、パンチダイ17へとサポート19の可縮性が許すまでプレスし、またパンチストロークの継続とともに、ベースフランジ12の限定的な嵌合部とアタッチメントフランジ13の連続して重なり合う部分とをダイパンチの対向する端面に在るダイ窪みリセス21まで延伸する」との記載からも明らかである(引用例3第2欄第51行から第59行)。

第2ステップは、第1ステップで形成されたスタッドとソケットとを入れ子式にはめ込んだ構造部分をダイ(サポート部材34及びアンビルパンチ32からなる下型並びにパンチ33である上型)で押しつぶし、この入れ子式構造下端外周部を外側に延展させ、この入れ子式構造をアンダーカット状(逆傾斜状)とするものである。このアンダーカット状の入れ子式構造により、初めて両薄板の結合が確実なものとなる。この第2ステップは深絞りではなく、金属塑性加工学上の曲げ加工(bending)に相当するものである。しかも第2ステップに用いられるダイは底部(アンビルパンチ32)がスライドするダイであり、本願第1発明で用いられるダイとは全く異なるものである。

このように、引用例3に記載の発明は第2ステップである曲げ加工(bending)により2枚の薄板の確実な結合を達成するものである。第1ステップである深絞りは、スタッドとソケットとの入れ子式構造を提供するための手段であり、薄板の確実な結合のための予備的ステップにすぎない。しかも、この予備的ステップでは、本願第1発明のような金属材料の塑性流動を伴う圧縮工程は行われていない。

〈4〉 本願第1発明と引用例2及び引用例3に記載の発明とは、深絞り工程を含むという点で共通する。しかし、このことは、両者を比較する上で重要なことではない。なぜなら、本願第1発明は金属材料の塑性流動を伴う圧縮工程により2枚の薄板の堅固な結合を達成するのに対し、引用例2及び引用例3に記載の発明は曲げ加工(bending)により2枚の薄板の堅固な結合を達成するものだからである。金属材料の塑性流動を伴う圧縮工程と曲げ加工(bending)とは、金属塑性加工上、全く別の技術分野に属する。金属材料の塑性流動を伴う圧縮工程と曲げ加工(bending)とが金属塑性加工上全く別の技術分野に属することは、多少なりとも金属学の知識を有するものには明らかである。

このように、本願第1発明と引用例2及び引用例3に記載の発明とはその技術分野を全く異にするものであるから、当業者といえども、引用例1記載の発明の深絞り開口の構成に換えて、引用例2及び引用例3の深絞り開口の構成を採用することは困難である。従って、「引用例1記載の発明の深絞り開口の構成に換えて、引用例2及び引用例3の深絞り開口の構成を採用して本願第1発明の構成とすることは、当業者ならば容易に想到し得たものと認められる」とした原判決は失当である。

(2) 原判決は、「それによって奏される作用効果も格別のものではない」と判示する(原判決第7頁第8行~第9行)。しかしながら、本願第1発明は、各引用例に記載の発明とは異質な効果を奏するものである。

なお、効果を参酌して進歩性の有無を判断するに当たり、本願第1発明の効果と比較されるべきは各引用例それぞれに記載の発明の効果である。

〈1〉 引用例1の深絞り用ダイは、底部であるアンビルが滑動するものである。このように揺れ部材を有する工具は極めて汚れに敏感であり、金属加工において不可避な屑生成の際に揺動位置にばね支持された揺動部材が容易に拘束される欠点を有し、従って工具としてもはや適正に機能し得ない。このことは甲第2号証(本願公告公報)の第4欄第1行から第4行にも記載されている。

また、アンビルが滑動するダイは、部品数が多数に昇り製造が容易でない。

さらに、塑性流動を伴う圧縮変形により2枚の薄板の結合を達成する加工方法では高い圧縮力が必要とされるので、ダイの各部品に高い負荷が加わる。従って、この加工方法において滑動するアンビルを有するダイを用いれば、高い負荷により部品間の結合箇所が不安定となり、部品の摩耗が激しくなるという欠点も有する。

〈2〉 これに対し、本願発明に用いられるダイは揺動部材を有さないのでこれらの欠点を有さず、連続的にかつ効率よく、薄板の結合作業を遂行することができる。このことは、金属加工の現場では極めて重要なことである。特に、「高い負荷がかかっても部品間の結合箇所が不安定とならず、部品の摩耗が激しくない」という効果は、高い圧縮力を必要とする圧縮工程を伴う金属加工に特有の効果である。

〈3〉 原判決では、「深絞り開口の底部を滑動自在にせず、固定した構成とすることは前記の通り引用例2及び引用例3に記載されているから、原告主張の上記の点は本願第1発明に特有の作用効果ではない。」と判示する(原判決第17頁第9行~第13行)。

しかしながら、前述のように引用例2及び引用例3に記載の発明は本願第1発明とは技術分野を異にするものであり、これらと本願第1発明との効果を比較すること自体誤りである。

もし仮に、両者の技術分野が同一であったとしても、引用例2及び引用例3に記載の発明は圧縮工程を伴わない単なる深絞りに関するものであるから、ダイの各部品に高い負荷が加わるものではなく、「高い負荷により部品間の結合箇所が不安定となり、部品の摩耗が激しくなる」という課題すら、そもそも存在しないのである。

〈4〉 このように、本願第1発明は、各引用例に記載の発明とは異質な効果を奏するものであるから、いわゆる進歩性を備えたものである。

(3) 塑性流動を伴う圧縮変形により2枚の薄板を結合させるためにアンビルを滑動させる技術は、1971年に出願された引用例1に記載された。本願出願前、当業者は、塑性流動を伴う圧縮変形により2枚の薄板を結合させるにはアンビルを滑動させる必要がある、と考えていた。アンビルを滑動させることにより生じる欠点はやむを得ないことであると、当業者は考えていた。それが、当該技術分野の常識であった。

そして、1986年に出願された本願第1発明が完成するまで、実に15年間、課題は解決されなかった。このように、課題解決に長期間要した点も、本願発明の進歩性を判断する上で考慮されるべきである。

本願発明と同等の発明は諸外国に出願され、引用例1、2及び3と同様の引用例が挙げられたにもかかわらず特許された。そして、これらの国において、本願発明に係る結合装置は市場での優位性を獲得した。この商業的成功も、本願発明の進歩性を判断する上で考慮されるべきである。

2.以上の通り、原判決は特許法第29条第2項を誤って解釈適用しており、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違反があるので、破棄されるべきものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例